★打楽器座談会
打楽器のいい音づくり

このセイビアンシンバル特集では、今年度の吹奏楽コンクール課題曲Tを作曲した “内藤淳一先生”にインタビューし、作曲家から見たシンバルについての考えや打楽器全般についてお聞きしました。プレイヤーの目線とは異なる興味深い内容ですので、ぜひご覧下さい!(全4回配信)

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これまで、数々の作品が吹奏楽コンクールの課題曲としてとりあげられている内藤淳一先生は、シンバルといえばサスベンド(Suspended) シンバルをよく使うというイメージがあるようで、それは子供の頃、初めてマーチを聴いて感動を覚えた時の印象が深く心に刻まれているからだという。今年も得意のマーチを課題曲として作曲した内藤先生に、お話をうかがってみよう。

 

打楽器の中でもシンバルは特異な存在で、コンクール課題曲においても、シンバルはどのように選ぶのか?どのように演奏すべきなのか?など、興味はつきません。作曲家として内藤先生はシンバルをどのようにとらえているのでしょうか?

私はマーチの中でも、サスペンドシンバルというものをすぐに思い浮かべてしまうんですね。今回の曲には、合わせシンバル使っているんですが、これまではマーチの曲でも結構サスペンドシンバルを使っているんです。私が教員になって吹奏楽に深く関わってきている中で、サスペンドシンバルのいわゆるロールですね、そしてクレシェンドさせる演奏の威力というものに、ものすごく感銘を受けた原体験があるんです。
自分の吹奏楽曲の中で、それが一般的な曲であれ、マーチであれ、クレッシェンドしていく時に、打楽器パートからサスペンドシンバルのロールが少しずつ聞こえてくるというイメージがどうしても欲しくてしょうがないんですね。で、そのロールっていうのは、決して薄い、高い音ではなくて、ボリューム感のある音なんです。

 

もし課題曲に打楽器奏者の人数規定が無ければ、クラッシュシンバルとサスペンドを組み合わせて両方使いたいとのことだが、実際には5人、4人といったワクがあるため、どうしてもサスペンドシンバルにより大きな役割を任せたくなってしまうという。また、内藤先生の過去の作品のひとつで、2001 年度課題曲のマーチ「栄光をたたえて」では、感動を盛り上げるエンディングやコラールの切り替えにふさわしいロールも、ティンパニばかりではなくサスペンドシンバルが活躍したということだ。

 

あの前作「栄光をたたえて」は私が学校を離れて、県庁の方で国体の事務局の仕事をしていた時に作った曲なんですけど、私は当時国体の事務局員でしたから、他の作曲家の方に曲を依頼する側だったんですね。それで、実際には、いわゆる式典の国体の入場曲とはまた違ったものが出来てきて、それはそれで面白かったんですけど、自分だったらば国体だったらこういう風に作りたいなと思って作ったのが、あの曲だったんですね。

主に閉会式でアスリートたちがそれぞれの力を出し切って、すばらしい栄光が刻まれた後の入場曲っていうイメージであの題名にしたんですけど、あの時は、実際にスポーツに参加した人も、見て感動した人も、気持ちの中から湧き上がる、感動みたいなものは、やっぱりああいうティンパニのロールだったり、サスペンドシンバルのあのロールでしか表現できないなと、いうのがあったんですね。

で、しかもあのテンポの行進曲でなきゃ絶対だめだし。よくヘンデルの得賞歌をそういった式典ではやりますけれど、この曲も冒頭のところは得賞歌、表彰式の音楽のつもりなので、栄光をたたえるコラール、っていう意味で冒頭がありますし、ここはやや長い部分となっていますけども、そういう意味でもすごく、シンバルの効果をものすごく意識している曲ではあるんですけどね。

 

「栄光をたたえて」は多くのバンドがとりあげ、海外遠征でも演奏された実績がありますね?

 

光栄ですよね。そうやってすばらしい先生方に取り上げていただき、いまだにいろんな中学校や高校で卒業式や入学式、壮行式などで演奏されているので、作曲するものにとっては、何回も演奏されるということは最高の幸せですからね。「栄光をたたえて」はいままで作った曲の中でも、かなり演奏されていので、幸せな曲だなあと思っています。

 

ここで作曲ということでもうすこしお伺いしたいんですけど、先生はマーチが大変お好きだということですが・・

 

ええ、思い返すと最初から好きだったというよりは、除々に好きになっていますね。マーチに感動したのは小学校2年の時かな。東京オリンピックマーチですけど、なんていい曲なんだろうって深く心に刻まれたことがあって。
それをいろんなクラシックの専門の先生方にいうと、
“あの曲にそんなに感動したの?“とか“スーザとかアルフォードのマーチじゃなきゃ” みたいに言われて笑われたんですよね。

でも私にとって最初のマーチは、あくまでも古関裕而の東京オリンピックマーチなんです。
なにか誇らしいんだけれども、ちょっとした、さびしさみたいなものもあるような、これは日本独特のマーチですよね。
次に大きかったのは、平成2年のインターハイ。高校の教員として記念行進曲を作曲したんですね、合唱入りで。

この時は、
一般的なマーチのスタイルからちょっと違う行進曲だったこともありますが、その時に面白いなと思いました。課題曲となると、昭和58年にはじめて入選してからかなり間があいて、「夢と勇気、憧れ、希望」という曲でしたね。

ちょうどその頃、阪神淡路大震災や父の病気などがあって、自分とか家族を勇気づけるために「夢と勇気、憧れ、希望」っていう、ちょっとワクワクするようなマーチを作ったんです。その2年後に「マーチ・グリーンフォレスト」、さらにその2年後に「栄光をたたえて」というように、マーチの年が隔年にあるので、自分としては3部作と考え、すごく完結した感じになっていたんです。まとめますと、マーチをつくるたびにマーチにのめり込んでいったということになると思います。



[ 内藤淳一氏 ]
静岡県出身。宮城教育大学音楽科(作曲専攻)を卒業し、宮城県公立学校の教諭となる。現在宮城県古川黎明中・高等学校に勤務。中高両校の吹奏楽部とコーラス部を指導し、中学校コーラス部の声楽アンサンブルコンテスト全国大会出場や高校の全日本吹奏楽コンクール、全日本合唱コンクールでの東北支部大会出場などの指導実績を残している。また(社)日本作曲科協議会、日本吹奏楽指導者協会、宮城県芸術協会、20世紀の吹奏楽“響宴”などの各会員を務め、作曲分野では3度の朝日作曲賞(吹奏楽)、東北吹奏楽連盟表彰、宮城県芸術選奨新人賞など数々の賞を受けている。

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[第1章]
仙台フィルハーモニー管弦楽団・打楽器奏者